愛とホルモンの物物交換

前回の投稿では作り手のプロセスは作品に全て反映されるのではないかという、本当に当たり前と言えば当たり前の事を述べました。そこで踏むプロセスというのは知識や経験幅ももちろん左右するでしょうし、その人の経済状況によって仕入れる素材の品質等などや歴史的背景など、様々な条件が組み合わさって出来上がるものだと思います。

でもどんな好条件が揃ったとしても、そのプロセスを通る”手”の存在が大いに発揮されてこそ、その作品は声を持ち始めるのではないかなあと。。ということを考えていました。

”手”というよりは”手によるタッチ”、素材へのアプローチの仕方です。昔お母さんに頭を撫でてもらった時の手の感触、体調が悪い時に背中をさすってくれた人の手の優しい動き、信頼を置く人の手の温度、そっと優しくまるで卵を運ぶ時の様な慎重かつ、優しい手つき。そういったほんのり温かみを感じる手のひらの存在が素材の方向を導き出しているのではないかと思うのです。

愛情をもって人に触れると「絆ホルモン」とも言われるオキシトシンが分泌されてストレスの軽減、リラックス効果も期待できるとのこと―植物や動物は、人間ほどのフィードバックはないかもしれませんが、意思疎通の可能性をはらんでいそうだし。。他の素材の事も考えてみたのですが、頭から煙がでそうデス。。おいおい調べてみたいです。

そして、素材を触る時の”知覚”がどれ位できているか、どうか。。日常生活のレベルで結構な程私は自分に問いかける事がありますが。。知覚できてんのかな(汗)なんといっても集中力がないっ。。!

ひとつのことに集中して向き合う、外部のノイズが聞こえないほど。ただそれだけの事なのですが、日々の中で色んなノイズに囲まれているとわかりにくくなってしまいそうですね。まずは何より、愛を持って素材に接する、これは忘れないでいきたいなと思います。

愛とホルモンの物物交換、生々しい響きですが、欲しいぞ。

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