外側を語るは易し、内側は難し

ここ最近、自分が考えている事を言語化できずにいました。かける時はじゃんじゃん書けるのですが、いったん止まると気分的にはあれこれ考えている事はあるけれど、言語化できるところまで行っていないor気持ちの整理ができていない等のもやもや~が常に頭の周りを旋回しているわけです。ふーーっと吹き飛ばしたい気分です。

しかし、季節も夏真っ盛りで昨日は入道雲を見ました。ああ、夏なんだなあと少し嬉しくなりましたけど、暑いには変わりないので皆さま本当にお身体にはお気を付け下さい。。(連日35度越えでどうなっていくんだろうか。。?しかし、秋の到来がますます楽しみになりました)

病み気味かよ?な書きだしでしたが、岸田奈美さんのこの記事を読んで猛烈に村上春樹さんの本が読みたくなり翌日図書館へ走りました。こちらの本を借りたのですが、冒頭の話題からどきーっとするような話題。。

村上春樹さんと河合隼雄さんとが「物語」で人間はなにを癒すのか、
無意識を掘る”からだ”と”こころ”という事についてお話されています。

すべて分析して言語化しないと治らないというのはおかしい。また、言語で分析する方法は、下手をすると、傷を深くする時だってあるのです。


村上春樹、河合隼雄に会いに行く / 河合隼雄 村上春樹 / 岩波書店

ここ最近言語化できなかったのは、できるまでの胆力がなかったのかな?と思いました。そうなんです、ここ最近、自分の状況がいまいち進んでいるようで進んでいない様な。。そんな感じの靄に包まれていてそれを咀嚼すら出来ない状態だったのです。言語化する代わりに黙々と作品を作っていたのは確か、でもコツコツと日々を続けているけれど纏わりつく不安に追いかけられていたのかもしれません。その時の自分の事を言葉にしたら自分で自分の事を傷つけるって判ってたのかもしれません。

また、村上さんのお言葉で言うところの、井戸を掘っている最中なのだと思います。

私は井戸を掘り始めてまだ10分の1も掘り進められていないのに、穴から見える外の光が少し恋しくなり始めていたのだと思います。

「こっちの方が明るいよ!」

「こっちの方が安心できるよ!」

それは判ってるんだけど、多分無理だろうからやっぱり井戸を掘り進めるだけ。なのです。

なんだかリハビリ日記みたいになってしまった。。!でも言葉にできる、できないって面白いなあと思いました。文章を書いてじわじわと癒される時もあるし、書く事で刃を自分に向けてしまう可能性も孕んでいる。この本には箱庭療法の事も書かれているのですが、どういう形にしろ、言葉にしろ、箱庭にしろ、絵にしろ、表情にしろ、表現するという事は最大のデトックスであり、自分を表明できるツール。そしてそれを行わないと何も進まないのですよね。。

でもこの本に巡り合えて良かった。読み進めていくうちに色々な気づきがありそうです。区内の図書館ハシゴして借りた甲斐があった。。また、その時にやりたい!見たい!知りたい!って思った事に忠実になるってすごく大事なことの様に思える。

今日も良い一日をお過ごしくださいませ!

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