祖父の想い出を通して考えるお盆2020

お盆だからなのか、最近亡くなった祖父の事をよく思い出します。私の祖父は機械工をやっていた傍ら、絵や彫刻、庭、とにかくなんでも作る人でした。

伯母から聞いた話ですが、定年後、「俺にはやりたい事がいっぱいあるんだ!」と言っていたそうです。だから、定年まで色々我慢してたのかなあ。

よく猿や熊を彫っていた記憶があります。美しい!という作品というよりは荒々しい、野性味がある作品だったなと今、この年になって思います。そして私もそれを見ていたからか、最近動物に眼が行くようになりました。

きっと、オートバイで野山を駆け巡ったり、戦地で色んな物を見たりした歴史が蓄積していたのだと思う。今更だけど、その戦争体験とか本当にちゃんと聞いておくんだったなあ。。と後悔しています。

私は多分、色々な事が怖いし、何をやるにも臆病だと思う。けど、最近面白いなあと思うのが、自分が「こうしたい!」と思っていざ始めた事って、進む度に新たな局面が見えてきてまた新たな自分の欲望を知る事になる。

そんな時に思う。自分は自分の事を全然分かっていないんだなという事に。前々回の投稿にも井戸を掘るの事を書きましたが、自己対話をしている様で全くしていなかったのが今までの人生だったのかもしれない、と思っています。

今回、祖父の事を思い出した事で自分の幼少期の事も思い出していた。小さい時に得た経験や感情は自己対話する際の重要なキーワードとなり得る。

やはり社会デビューしてしまうと、本当に皮をかぶってしまうんだなあと思った。知らないうちに周りに合わせていたりとか、別に良いと思ってないのに「良い」と言っちゃったりとか。

ただ、それに気づいてさえしまえば後は薄皮を剥がしていくだけ。真ん中に何が残っているのか、それに辿り着きたいのだと思う。

だから怖くなったりするんだけど、動く度に確信に近づいていくわけだし、状況が悪くなる事はないんだよなあ。。という事を念頭に今日も過ごしていきたい。

お盆に家に帰れない、そして今日は終戦の日。だからこそきっちり自分を見据えていきたいなと思った日でした。

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