ローランド先輩に学べ

最近、十何年ぶりにポートレートに挑戦していました。とってもまだ手さぐり段階でとにかく身体に人物像を馴染ませようとしている最中って感じですが。。

限られた情報と素材を見る限り、その相手は私とはおそらく趣味嗜好も結構違うのではないかなーと想像しています。だから街に繰り出して好きそうなものや興味がありそうなものを写真を撮ってリサーチしたり、その人物に近いのではないかと思われるような人々の動きを見たりしていました。

今現在の浅い段階での振り返りは、リサーチしたものの、それはポートレートの対象人物を世間という枠の中に収めて俯瞰する所まではできた、では、それから?という課題に直面している気がする。やはりそこからは、対象はどういった個人なのか?を問われていると思う。

ひえ~難しいなあと正直色々考えて不安定な日々を送っていたのですが、また新たな段階に踏み込んでいる自分も確認できたのでそれはそれでやったじゃあないか!と自分を必死に励ましている状態になりつつあります(笑)

はるか昔、何故かポートレートを描きまくっていた時期があったのですが(といっても雑誌などの写真をそのまま描いていた。でもほんと、人物を描く事が多かったです)、あれはなんでだったんだろう。。と未だに謎な部分があります。私は結構エモめの話とか逸話、みたいなのが好きなのでそんなストーリーが背景にある写真とか見ると、この人物は。。と興味を持つほうだと思います(多分)。後はただ単に構図だったり物語性がある写真を見ると「おおおっ。。」となるんです。

でも、雑誌や写真からなので遠いどこかの誰かを描いているという感覚がつきまとって楽しいけど虚しくなる時もありました。何にしろ、対象に向き合うという事は自分と向き合う事でもあり、自分軸をしっかり保ちながらも相手といかに対話するのか?という事を考え続けている様な気がします。

「作家である以前に私は私と言う個人でしかない」という言葉が今朝方頭に浮かんできた矢先、ラジオに出演していたローランドさんが仰っていた言葉→「自分が幸せじゃないと他人って幸せにできないですよね???」

ついていきます。。さすがっす!

にしても、その昔描きためていたスケッチブックをすごく久しぶりに見返したのですが。。怨念と執着しかない。。(笑)こわーー

留学前に描きためていたスケッチブックなのですが、絶対海渡る。。という怨念と執着が。。重い(笑)時間って流れていない様に感じることでもしっかり流れているのだなあと、肌身で感じた出来事でした。

この絵は比較的軽め。某ブランドの広告だったと思います。

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