お餅と風と公園と

光が強い分、影も濃い様に見えた。この冬特有の空の澄み具合や光の感じが結構好きです。これが1月に入るとまた違う空気が流れだすような気がする。12月はやはりイベントも多いから街全体がほんの少し浮足立つところもあるんだろうな。

今年ほど、公園の四季の移り変わりを眺めていた年はないように思う。

今日、公園に少し散歩で立ち寄ったら緊急事態宣言が出た辺りの空気を思い出した。あの時は桜のシーズンで皆これからどうなるのか、もう少しピリピリした空気を身にまとっている様だった。感染者数の事を言えば今の方があの時の何倍かになっているけど、皆が少しずつ日常をそんな中でどう過ごすのか少しだけペースというか、気持ちの持ち方がわかってきたのかもしれない、と思う。刺さってくるようなピリピリ感はないからだ。何より自分がピリピリしていない。

どんな事があっても草木は伸びて花は咲きまた枯れていく。その循環の中に私たちもいて、何かがブツッとととぎれることはない。静かに静かに動いている、でも確実に成長していると思う。

私は毎年お正月はお餅は一個と決めている(突然ですね(笑))

何故ならついつい食べると危険なのでそう決めているのだけど、今年のお正月は帰省はしないので、もしお餅をスーパーで買ったら確実にストックを持つはめになる。危険物は置いておけないという性分なのでどうやってお餅を一個だけゲットしようかと悩んでいた時、近所のお米屋さんの前を通った。

ここだ!という直感の元にお米屋さんに入って事情を説明したら大笑いされてお餅を一個大みそかの日に取り置きしてもらえる事になった。「わかりますー、何かあるとついつい食べちゃうんですよねー、息子たちに便乗して自分もついつい食べちゃうんですよ。しかもうちのお餅はもち米だけで作ってるんで美味しくて」との事。

やったじゃないか、うまいに越したことはない!

こんなアホなお願いを聞いてくれるなんて、ローカルのお店の凄みを見た。ありがたい。

話は戻ってピリピリ、というか、なんだろう、皆さんひと山越えた後の虚脱感に近いものを感じる。そしてこの状況の中で生きているだけでやっぱり凄い事なんだ、という事を言葉に出さずとも分かっている。だからこそ大事なものが本当は何なのか肌で、体感で分かっている様な気がする。

きっとこれからやってくるであろう新しい風の中でもきちんと立っていられる様にしよう、と思ったのでした。

お米屋の奥さん、ありがとうっ!

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