灸をすえよとホーホケキョ

【備忘録として 2月8日~2月12日頃:黄鶯睍睆】

うぐいすが鳴き始める季節。あのホーホケキョ!という声を聞けるとなんだか「おっ」と嬉しい様な得した気分になるのは私だけでしょうか。しかしこのホーホケキョという声、雌へのアピールと縄張りの時に発するのですってね。知りませんでした。

うぐいすに似た鳥でめじろという鳥がいるようです。確かに似ているかも。。なんて事を考えていた日、買い物帰りに住宅街を歩いていたらおやおやおやおや。。?眼の周りが白い鳥がいる。。。。もしやに?めじろ???と思って写真を撮ろうと試みたのですが、ぴょんぴょんぴょんぴょん木の枝をはねて消え去ってゆき撮れず無念。。(泣)真実はどうだか分らなかったけど、似ていたなあ。

こうして何かの知識を取り入れて、それを実生活の中で発揮できる場面がくるとすごく嬉しい。ちょうど昨日ずっと地方でフィールドワークを行っている友人と話す機会に恵まれたのですが、やはり現地に行って自分の身体を通して経験してみないと本当の自分の言葉は獲得できないという深い話になりました。ほんとうにその通りだなあと思った。

2月8日は針供養の日で折れた針等を豆腐やこんにゃくに刺して納める行事があるそうです。今までずっと硬い布に針を通してきたから最後くらいは豆腐などの柔らかいものに。。という労いもあるとか。こちらのサイトを参考にさせて頂きました。

日は遡って旧暦2月2日(今年だと3月14日にあたる)は二日灸という、これからの一年の健康を願ってお灸をすえる日だったそうです。だったっていう言い方はなんだか違うのかな、とこれを書いていて思いました。今時期の冬は身体にあれこれと溜めてしまうともよく聞きますし。来たる春に向けて身体も心もデトックスに向かうと思うので細やかにケアをしてあげて良いのだと思います。

春が近付くにつれて心身ともにゆっくりと動いていく準備をしていっていると思います。また、自分の身体や身の回りの道具をメンテナンスしてあげることの重要さは今も昔も変わらないのだなあとも。

私ごとですが、昨日朝早くから制作に取り掛かっており、なんだか夢中になってきてしまってご飯が適当になってしまったんですよね。私の適当は本当に超適当です。その日の朝と昼は食パンしか食べていない。黙々と食べ続けるという。。(笑)。

確かに作業は進んだのですが(料理の時間省いたから)。。何故か楽しくなかった。何故か?それは自分の暮らしというものの手を抜いてしまったからです。制作(仕事)は大事、でもその制作をするうえで自分の生活をおざなりにしてしまうと本当に大事な事をおざなりにしてしまう。これは本当にいけないなあと思った。自分の身体と心にも、作品にも少なからずそういったものが投影されてしまう。

うまく言葉に出来ないのだけど、自分を大事にという言葉の真髄を垣間見たというか、大事に出来ない事によって自分が発する物まで大事に出来ないのだと、つまり周りの人達にとっても全くメリットがない。

この前土井義晴先生と中島岳志先生の共作「料理と利他」を読んでから色んな思いが自分を駆け巡っていて速く言葉にしたいと思っているのですがなかなかパソコンに向かえずにいました。今一度整理して投稿したいと思います。なんだか大事な気づきが日々の中に降っているのでキャッチするだけで精一杯な今日この頃です。

違った意味で灸を据えられている気分。。

寒暖差が激しいのでどうぞご自愛下さい!

【参考文献】
・くらしのこよみ 七十二の季節と旬をたのしむ歳時記 / うつくしいくらしかた研究所 / 平凡社
・こころもからだも整うしきたり十二カ月 / 井戸理恵子 / かんき出版
・暦のある暮らし 旧暦で今を楽しむ / 松村賢治 / 大和書房
・歳時習俗事典 / 宮本常一 / 八坂書房
・https://jpnculture.net/futsuka-kyu/
・https://netwadai.com/blog/post-4022
・https://gimon-sukkiri.jp/warbler-whiteeye/

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