2021年の手帖

ここ最近、あ、これは良い考えだなと来年に向けて思った事が色々あったけど書きとめられないままに日々が過ぎ去ってしまっていた。そんな中、ようやく2021年の手帖を購入。。!あれこれとこんな風に進みたいという事をちょろちょろと書いていました。

ここ何年か、手帖はいつも決まったところで購入していたのですが、そこが来年度の手帖は出さないというショッキングなニュースがあり(泣)その手帖には月の満ち欠けから二十四節気や七十二候、天赦日まで表記してあり、とても重宝していました。

でも、この事で思い立った事がひとつ。

「自分でそれらを(二十四節気等)を記入しよう」

と思ったのです。

ちなみにいっぺんに一年分を記入してしまおうかとも思ったけど、ちびちび一ヶ月分にしようかなあと考えてます。

自分で調べて記入する方がきっと覚えれるし意識に昇ってくるだろうし、なにより一ヶ月分を調べて記入する時間を設けるって良いなあと。

記入と同時に予定や計画の見直しと再設定、一度立ち止まってゆっくり考える、という事をできればお気に入りの場所で行いたい。手間は掛かるけど、その掛かるであろう分の時間を逆算して心地よい時間配分を演出するのもこれまた2021年の課題だったりもします(汗)

だから、あの手帖を使えなくて残念な気持ちもあるけれど、新たな可能性と挑戦したい気持ちが突然メラメラしてきたのでなんだか感謝の念が沸いてきました。頼ってた=少し依存心もあったのかなあ、と。

昔の人々は気象や動植物の様子を見て季節の移り変わりを日々、細部まで感じ取って生活していたんだろうなあと思います(もちろん、現代でもいらっしゃると思いますが!)。私は割と鈍感な方だと思うので、気にかけつつゆっくりと観察しながら余裕を持って生活したいな。。なんてぼんやり考えていました。

そう、ゆっくりと、丁寧に。。課題(笑)

台所の片隅で発酵中

茹でてマッシュしたさつまいもに麹を混ぜ込んで発酵させています。

うまくいけば良いんですが。。麹を混ぜるタイミングが少し遅かったのではないか疑惑。茹で汁(塩茹でしました)が少し出たので飲んでみたら美味しくて身悶えした。

にしても、身悶えするポイントが地味(笑)

お餅と風と公園と

光が強い分、影も濃い様に見えた。この冬特有の空の澄み具合や光の感じが結構好きです。これが1月に入るとまた違う空気が流れだすような気がする。12月はやはりイベントも多いから街全体がほんの少し浮足立つところもあるんだろうな。

今年ほど、公園の四季の移り変わりを眺めていた年はないように思う。

今日、公園に少し散歩で立ち寄ったら緊急事態宣言が出た辺りの空気を思い出した。あの時は桜のシーズンで皆これからどうなるのか、もう少しピリピリした空気を身にまとっている様だった。感染者数の事を言えば今の方があの時の何倍かになっているけど、皆が少しずつ日常をそんな中でどう過ごすのか少しだけペースというか、気持ちの持ち方がわかってきたのかもしれない、と思う。刺さってくるようなピリピリ感はないからだ。何より自分がピリピリしていない。

どんな事があっても草木は伸びて花は咲きまた枯れていく。その循環の中に私たちもいて、何かがブツッとととぎれることはない。静かに静かに動いている、でも確実に成長していると思う。

私は毎年お正月はお餅は一個と決めている(突然ですね(笑))

何故ならついつい食べると危険なのでそう決めているのだけど、今年のお正月は帰省はしないので、もしお餅をスーパーで買ったら確実にストックを持つはめになる。危険物は置いておけないという性分なのでどうやってお餅を一個だけゲットしようかと悩んでいた時、近所のお米屋さんの前を通った。

ここだ!という直感の元にお米屋さんに入って事情を説明したら大笑いされてお餅を一個大みそかの日に取り置きしてもらえる事になった。「わかりますー、何かあるとついつい食べちゃうんですよねー、息子たちに便乗して自分もついつい食べちゃうんですよ。しかもうちのお餅はもち米だけで作ってるんで美味しくて」との事。

やったじゃないか、うまいに越したことはない!

こんなアホなお願いを聞いてくれるなんて、ローカルのお店の凄みを見た。ありがたい。

話は戻ってピリピリ、というか、なんだろう、皆さんひと山越えた後の虚脱感に近いものを感じる。そしてこの状況の中で生きているだけでやっぱり凄い事なんだ、という事を言葉に出さずとも分かっている。だからこそ大事なものが本当は何なのか肌で、体感で分かっている様な気がする。

きっとこれからやってくるであろう新しい風の中でもきちんと立っていられる様にしよう、と思ったのでした。

お米屋の奥さん、ありがとうっ!

夜闇のピーポくん

夜闇にピーポ君が浮いていたので思わず激写してしまった(笑)このフォルムと少し毛羽立ちが見えるのがなんとも愛おしい。

昨日対話の可能性、というような事をぼやいたけど、話して自分というものを改めて認識する。そしてこの世には沢山の人がいて、その分考え方や価値観があるなあと、思った。

私は人と会話する時、その人が何を考えているか察する事ができるタイプではないと思うけど、表情の変化は物凄く敏感に読み取ってしまう事があり、それで変に気を使ってしまう事がある。(上手いこと出来ているかは別として)それは良く働く時もあるけれど、自分の思っている事を言えなかったり、会話になんとか合わせようとしたりして疲弊してしまう時も正直、ある。

でも、昨日話していたと時に少し自分に変化が起きているのに気づいた。

そういう気づかいは全部すっぱ抜いて話に集中していた、という事だ。

相手の事を考えるのも良き、けど、相手の投げる言葉に思いを巡らせどう捉えてボールを返すか、何よりその時間・瞬間を楽しみたいな、と思った。というところに全集中(今話題のワード(笑))していた。

これは結構革命的な事だったかもしれない。

多分気を使っていた時の私は、相手や場の事を慮っていた様で全然出来ていなかった。何故なら自分を大切に出来ていないから。というか、ある意味で全集中出来ていなかった。

今を生きていなかったのかな、とも思う。(なんだか悲観的ですね)でもこんなに面白い化学反応が世の中には転がっているんだなあと改めて認識したような夜でした。

過去を悔やむでもなく、未来を不安に感じるでもなく、今にただただ、集中する。

某映画、観に行こうかしら。。(笑)絶対面白いよね。

身体で料理する

今日は以前から作ってみたかった飛田和緒さんの、のっけないオムライスを作ってみました。

飛田さんの様には作れなかったけど(泣)とても美味しかった。というか、オムライスというとケチャップライスを包むか卵を乗っけるかしか思いつかなかったけど、なるほど、卵液をご飯に直接からめてそのまま焼くなんて事もできるなあ、と私には新たな発見でした。

外側の卵がジューッと良い感じに焼け、中のご飯は卵液と良い感じに絡まったまま。たまごかけご飯(TKG!)が好きなので2種類の卵の味わいが楽しめてなんだかほくほくしながら食べていた。もう少し焼き時間を長くしたり、広げて焼いたらまた違う味わいになるのだろうか。試してみよう。

そして今日、料理をしていて大きな気づきがあった。身体を使って料理出来ていない、という事だ。身体を使う、というよりは手先だけを使って料理をしていたような気がする。だからか、手が疲れる事がしばしば起こっていた。

例えば包丁を握って切る、菜箸を使って卵をかき混ぜる、野菜を炒める。

これらの行為を行う時に、手にだけぎゅうううっと力が入っていて姿勢も悪く、重心がグラグラしている。手の力を抜ければ肘が自然と動き、その遠心力で手首が軽くシェイクされる。だから力を入れずに菜箸が動く。それ以前に足元がしっかり地についていれば自然とそうなるのかもしれない。

マッサージの仕事をしていたときに、その点をいつも気をつけていた。けど、気を抜くとついつい手に力が入ってしまっていたのでこれは永遠の課題かもしれません。でもほんと、身体の力が抜けていれば抜けているほど施術が上手くいく事が多かったし、笑顔で帰っていかれる方が多かった。。から、力をこちらがいれればいれた分だけ、向こうも力で返してしまうのかもしれないなあ。

だからか、身体を使って仕事をしているな、という方を見るとほれぼれすることがあります。昔、木材を縄で縛っている方の動き方がまさにそれで、縄と木とその人が一体化しているように見えた。って事を伝えたらにこにこしていた(笑)

身体って面白い。

オムライスには再トライしようと思います。ちなみにオムライスの上にマヨを垂らして食べました。マヨって美味しいよね。。。。。。。。

360°

にしても、皆さんにとって2020年はどんな年だったのでしょうか?世界全体が揺れ動いていたので大変には変わりなかったと思うのですが、その揺れ動きとともにライフスタイルが変わった、という方がたもいらしゃるのではないでしょうか?

ご多分にもれず私もその一人でした。どうしても仕事と自分のバランスが取れなくなり退職の後、オンラインショップを始めたり制作に時間を取ったり、一年前の自分はこんな生活を送っているとは本当に想像していませんでした。360°生活スタイルも見える景色も変わってしまいました。

勿論その決断に後悔はしていないのですが、先々月の10月ほどの勢い(オンランショップ開設)がなかなかに出ず、腰が重たく、やる気が停滞していた時期がありました。そんな自分が嫌になったりすることもあったのですが、よくよく考えてみたらこの8カ月ほど、全く違う生活スタイルの中で新しい事を構築してきていたし、不安や迷いはもちろんつきものでした。

だから、多少の疲れは出ても当たり前なんだよなあ、と。もう少し、ここまでやった自分を肯定してあげようと思った出来事でした。

だからこそ昨日のブログにも書きましたが、12月は日常の中の美しいもので満たして充電することも大事だと思ったのです。そういった日々の目的が出来てまた少しメリハリが出来た気がします。心地よくいる、という事に貪欲でいようと思います。

でもそう思えた事で、ここ何年何べん考えても考えてもどこかぼんやりと霧に包まれていた様な「やってみたいことあれこれ」がポツ、ポツとわかるようになってきました。その為にこんな風になりたい、あの道具が必要だ!と思いだしたら心底ワクワクしました(その勢いで家電量販店に行き(笑)店員さんにめっちゃ質問(迷惑)機械関係の事ってオンラインで見ても何だかよくわからないんですよね。。(アナログ))

そしてその為にはタフな身体でいたいなとも。自分の身体は自分で守る。

そうそう、この方↓のトレーニングを良くやっています(とてもわかりやすくておススメです)。私は最近寝起きに布団に横たわりながら、両ツイートの左上の動作を行っています。股関節アプローチの方は骨盤の動きを意識できると同時にお尻の方にもしっかり効いている感じがするし、首アプローチの方は腕を伸ばし胸筋を開く事によって、丸まった肩や肩甲骨を開放していく感触があります。

みなさまも今年一年頑張った自分をどうぞどうぞ労わってあげてください。そして温かくして今日も軽やかな一日をお過ごしください。

大根・人参・玉葱のすり流し紅白味噌汁

納豆とご飯が同時に上手く噛めない様に(私だけ?)お味噌汁を飲む時にうっかり具をよく噛まずに胃に流し込んでしまう時がある。胃の消化の炎の力が弱い時にやってしまうと元気になるつもりがうっかり胃が疲弊してしまうという、なんとも切ない事がたまにある。

まあこれはお味噌汁に限った話ではないのですが。なんだかこの前までは具材をモリモリいれたお味噌汁だったのでもっとするっと飲めるもの。。と考えた時にこの味噌汁の事を思い出した。

大根・人参・玉葱をひたすらすりおろして出汁と一緒に味噌を溶く!

やー、う・ま・い!!!

そんなに煮込む必要もないし、消化にもとてもよい。

そういえば、実家でこのお味噌汁を作った時に祖母が喜んでいた気がする。硬いものがあまり食べれないから食べやすかったのかな?(味が足りないとも言ってたけど)

紅白味噌汁とかタイトルに書いてるけど、お味噌を溶くと全然紅白じゃない。。

季節の変わり目だからか、体調管理がとても難しいですね。最近またまた各地で感染者数も増えてきたなどのニュースもよく聞くので少しでも調整していけたら良いなと考えています。

とは言っても身体の中には良いものも入ってくればあまり好ましくないものも入ってきたり、日々デトックスと吸収だなあと感じます。気のせいかもしれないけど、最近身体に合わないものが入って来た時の反応が速くなった気がします。特に油断すると顔周りにポツポツと出てくる。

昨日驚いたのが!鼻の下がなんだかむずむずするなと思ったら吹き出物?とも言って良いのか良くわからないものがムクムクと出てきて、しばらくしたらまた消えていきました。「おお。。何かに反応したのかな?」とびっくり。。

これ、昔同僚とお昼ご飯に海鮮丼を食べている時にも起こって、眼の前にいた同僚は眼をまんまるくしてその様子を見守っていた。ずるいよねー、自分じゃ見えないからさ。見たかったよ(笑)「疲れてるのかな?魚介類に反応したのかな?」とその時は話がまとまりました。

顔は人目につくので出てくると少し気分が落ちますが、「デトックスしてんだな、ラッキー」と思えるようになりました。まあ、完全に気にならないといったら嘘になるけど(笑)

話は脱線してしまいましたが。すり流し、美味しかったですよ。

have a relaxing sunday night.

サンキューおひさま

今日もどうもありがとう
またあした

最近、朝眼が覚めると「よしよし、生きている、身体が動いている」という事にただただ有難さを感じる事があります。

こうして夕陽をみると太陽が昇ったという事の当たり前だけど実はそうではなかったかもしれない事に少し驚きを覚える。

不安を抱えずに生きているとは言えないけど、いつ死んでしまうか分からないことを考えると今日一日に集中する以外何もない様な気がします。そうすると、ちいさいけどささやかなしあわせに気付ける事が多い。

柵の向こうに眼を移すと、夕方近い光に激しく照らされる海が見えた。あんなに大きな水がこの星の上でたぷんたぷんしていることがすごい。そんな中で私たちなんて一瞬で消えていく砂つぶだ。その砂つぶの中にある宇宙は無限の宇宙と呼応している。その法則の前で意図的にできることなんてやっぱりなにひとつない。意図したとたんに無限の入れ子のように、その意図も法則に組み込まれる。確信して、楽になる。波が寄せては返すように。夕暮れに鳥がいっせいに巣に帰っていくように。なにもしなくていい、なにも目指す必要はない。

吹上奇譚 第三話 ざしきわらし p166 吉本ばなな

このお話を今、くりかえし読んでいます。何故かというと、何気ないストーリーの中にとても重要な言葉が散りばめられていると思ったから。何回か読んでようやく理解できたであろう部分もあり、読むたびに発見があって面白いです。上記の引用も何回か読んで、「おお。。」とひとりでうなっておりました。第4話を読むのが今から楽しみで仕方ありません。

これを書いている今、お昼近くなのですが昨日の夕陽の写真を載せてしまいました。なんとなく不思議な感じですが、今週のお仕事が終わりの方も、週末も働くよーという方もお疲れ様でした。

良き午後を、週末をお過ごしくださいませ。

ちなみによく参考にさせて頂いているタクヤ先生が冬の養生のyoutubeをアップしていました。黒いもの、食べよ。黒豆とかあまり買わないし、おせちの予行演習も兼ねて煮ものでも作ってみようかしらん。

できること・できないこと

昨日、とある方との対話から考える事があった。それは私のやっている事に関してこうした方が良いんじゃない?という提案だった。それらの提案には取り入れてみようかな、と思うものもあり、中には「どう考えても自分には無理だ。。」と思うものもあった。

でもその自分にはとうてい無理な事をもし、取り入れたら劇的に物事がスムーズに加速していきそうなのだ。おまけにスムーズに転がっていくだけではなく多くの人達に喜んで頂ける。でも自分の心が追い付いていかない。

むーー

正直少し落ち込んでしまった。なんでそんな簡単できっと求められる事が自分にはできないのだろうと。でも、人それぞれ出来ることと出来ないことってあるからなー、と。それにもしかしたら近い未来に出来る様になっているかもしれないから希望は持っておこうと思った。

それに辿りつきたい目標があるには変わりないから今自分が出来る事からメソッドを作り上げていけば良いのだ。と、思ったらめちゃくちゃ気が晴れた(晴れ間!)。

にしても、自分の思考パターンを俯瞰出来たようで面白かった。昔は出来ないことや、社会の照準に合わせられないことが物凄くコンプレックスに思えて沼にはまりまくっていたし、出来ない自分が受け入れられなかった。そしてなんとか合わせようと歯を食いしばっていたようなのですが(だから歯が欠ける(笑))、あんま無理は出来ないようです。歯無くなっちゃうかもしれないからね!おいしいもの食べれなくなっちゃう。歳を重ねていくとはすごい事だ。

話は変わるのですが、今日素敵だなーと思うおばさまを見た。近所のカフェの店員さんで、おそらく息子さんであろう人と一緒に働いているみたいで。お店のTシャツを着て、しゃしゃり出過ぎず、でもシャキシャキと働いていて、少しはにかみながら会話をして頂いた感じに一気に癒されました。そのお店には以前も伺った事があったのですが、その時にも慣れないタブレットで一生懸命お会計をしてくれて思わず心の中でエールを送っていたのでした。また行こうと思います。

それにしてもあっという間に11月ですね。今年の激変ぶりを振り返って驚きつつ、来年はどうなっているんだろうと思うと少し楽しみです。

良き夜をお過ごしください。

歯を食いしばるのはもうやめよう

うっかりすると書かない日がこんなにも出来ていて、自分でも何をしていたのか記憶が曖昧です、が、ここ最近は集中的に制作をしたり画材屋さんへ相談に行ったりなどある意味とても濃密な日々でした。

それもこれも、友人が絵を二枚購入してくれたのでした。

先日額縁のオーダーが済んでまだ完成品は手元に届いていないのですが、とても勉強になったし、額縁付きの商品に関しての説明をもう少し手を加えた方が良い気がするな。。などなど考える事が色々ありました。でもほんと、こうして経験をさせていただけること自体がとても光栄です。

最近ほんと色々考えてたわりにアウトプットをしていなかったので、言葉があまり出てこないのですが。。よく考えていたことその1。

性格上、初めての試みって楽しみでもあり、ちょっと緊張するというか少し不安めいて考えてしまう時があるんですけど(この思考回路、手放し中、いい加減、じゃま!(笑))、「良い経験できると思えば」という言葉をとある方が仰っていて、妙に腹落ちしたのでそれを聞いた日からこの言葉を思い出すようにしている。結構効果アリ(にやり)。

その2。少しでも違うなと思った事はしない。例えば朝ごはんは何が食べたい?のサインを見誤るとそのズレがどこかでやってくる。「ちくしょー、パン食べていれば。。」と一気にタラレバトークに突入するのです。いちにちの中で判断する瞬間ってたびたびやってくると思うんですけど、自分を大事に出来ないと周りも大事に出来ないし、結局はそこなのではないかなとも思う。

ちなみにどうでも良いんですけど、一昨日歯が欠けました。。(泣)正確に言うと、大昔に詰め込んだプラスチックが外れてしまったみたいです。

歯医者さん: 「歯食いしばる事ある?」

私: 「寝てる時歯ぎしりしてる時あると思います」

歯医者さん: 「日中起きてる時、食いしばってる事はない?起きてる時上の歯と下の歯ってふつう食べる時以外はぶつかることがないんだけど。。」

私:「。。そうなんですか?確かに何か集中している時はあごにぎゅっと力入ってるかも。。」

歯医者さん:「。。。(絶対食いしばってるなこいつ)」

リラックスしてたら食いしばる事ってないよな。。今までズレてズレてズレまくって歯を食いしばっていたのか?自分よ。。と笑えてくるような出来事でした。でもこうして身体の症状としてサインを送ってくれたのでそれはとてもありがたい事ですね。気巡ってないんですな、私は。

額縁オーダーの為立ち寄った神保町の帰り、飯田橋まで散歩しました。よく晴れて気持ちが良い日だったー。飯田橋近辺、とても好きです。