storesサンタさんとビスケット

今日も素晴らしく空が青かったですね。

最近、パソコンやスマホに触れる時間を意識的に短くしました。何故かというと。。自分が思っているよりも眼や肩、身体全体が疲れていたから。私はこの様にコントロールできるけど、お仕事でどうしてもPCやスマホを使わなければいけない、という方々は本当に大変だ。。お疲れ様です。

でも、スマホなどを見る事でストレス解消していたり、癒されている人もいると思うので(私も昔、そんな時期がありました)良い・悪いと言えることではないと思います。塩梅なのかなあ、と。少なくとも今の私にとっては情報過多の状態になっていたみたいなのでクリーニングするタイミングだったのかもしれません。

ちょっと抽象的なもの言いになってしまうのですが、最近特に外側で起こっている事だけが全てではないなあと思います。見えない内側、水面下で物事はぐるぐるとうごめいていて時期がきたら外に飛び出してくるのかなあと。

だから、今の状況に納得いっていなくても内側では進んでいる、という風にマインドセットだけは出来ると思うのです。

だから身体に疲れがでたらそれは何かのサインで見逃さない様にしよう、と思うのです。身体だけではなくて色んな事に当てはまると思いますが。。!

そうそう、一つお知らせさせてください。storesさんから早目のクリスマスプレゼントが届きました。

オンラインショップで3,000円以上お買い上げ(送料は含みません)の方には300円のクーポンが配布されるようです。

期間は12/23~27 23:59まで。

おひとり様一回限りです。

もし良かったら覗いてみて下さいね:)
https://masumihirayama-aat.stores.jp/

温かくしてお過ごしください!

ちなみにサンタさんで思いだしました。海外ではクリスマスの際子供達はベッドの脇にビスケットとミルクを置いて寝ると。。?(経験がある方の話を聞いてみたい!)なぜビスケットかというと、それは旅人の為の食べ物だから。昔の人はパンを二度焼きしたものを(ビスケット)保存食として旅に持参していたからとか。

そう言われてみるとサンタは旅人ですね。。かなり重労働な、しかも一夜限り?!そしてビスケットを喉に詰まらせないようミルクも。。私も置いて寝ようかしらん。

本日ラジオから仕込んだにわか知識でした。

お餅と風と公園と

光が強い分、影も濃い様に見えた。この冬特有の空の澄み具合や光の感じが結構好きです。これが1月に入るとまた違う空気が流れだすような気がする。12月はやはりイベントも多いから街全体がほんの少し浮足立つところもあるんだろうな。

今年ほど、公園の四季の移り変わりを眺めていた年はないように思う。

今日、公園に少し散歩で立ち寄ったら緊急事態宣言が出た辺りの空気を思い出した。あの時は桜のシーズンで皆これからどうなるのか、もう少しピリピリした空気を身にまとっている様だった。感染者数の事を言えば今の方があの時の何倍かになっているけど、皆が少しずつ日常をそんな中でどう過ごすのか少しだけペースというか、気持ちの持ち方がわかってきたのかもしれない、と思う。刺さってくるようなピリピリ感はないからだ。何より自分がピリピリしていない。

どんな事があっても草木は伸びて花は咲きまた枯れていく。その循環の中に私たちもいて、何かがブツッとととぎれることはない。静かに静かに動いている、でも確実に成長していると思う。

私は毎年お正月はお餅は一個と決めている(突然ですね(笑))

何故ならついつい食べると危険なのでそう決めているのだけど、今年のお正月は帰省はしないので、もしお餅をスーパーで買ったら確実にストックを持つはめになる。危険物は置いておけないという性分なのでどうやってお餅を一個だけゲットしようかと悩んでいた時、近所のお米屋さんの前を通った。

ここだ!という直感の元にお米屋さんに入って事情を説明したら大笑いされてお餅を一個大みそかの日に取り置きしてもらえる事になった。「わかりますー、何かあるとついつい食べちゃうんですよねー、息子たちに便乗して自分もついつい食べちゃうんですよ。しかもうちのお餅はもち米だけで作ってるんで美味しくて」との事。

やったじゃないか、うまいに越したことはない!

こんなアホなお願いを聞いてくれるなんて、ローカルのお店の凄みを見た。ありがたい。

話は戻ってピリピリ、というか、なんだろう、皆さんひと山越えた後の虚脱感に近いものを感じる。そしてこの状況の中で生きているだけでやっぱり凄い事なんだ、という事を言葉に出さずとも分かっている。だからこそ大事なものが本当は何なのか肌で、体感で分かっている様な気がする。

きっとこれからやってくるであろう新しい風の中でもきちんと立っていられる様にしよう、と思ったのでした。

お米屋の奥さん、ありがとうっ!

夜闇のピーポくん

夜闇にピーポ君が浮いていたので思わず激写してしまった(笑)このフォルムと少し毛羽立ちが見えるのがなんとも愛おしい。

昨日対話の可能性、というような事をぼやいたけど、話して自分というものを改めて認識する。そしてこの世には沢山の人がいて、その分考え方や価値観があるなあと、思った。

私は人と会話する時、その人が何を考えているか察する事ができるタイプではないと思うけど、表情の変化は物凄く敏感に読み取ってしまう事があり、それで変に気を使ってしまう事がある。(上手いこと出来ているかは別として)それは良く働く時もあるけれど、自分の思っている事を言えなかったり、会話になんとか合わせようとしたりして疲弊してしまう時も正直、ある。

でも、昨日話していたと時に少し自分に変化が起きているのに気づいた。

そういう気づかいは全部すっぱ抜いて話に集中していた、という事だ。

相手の事を考えるのも良き、けど、相手の投げる言葉に思いを巡らせどう捉えてボールを返すか、何よりその時間・瞬間を楽しみたいな、と思った。というところに全集中(今話題のワード(笑))していた。

これは結構革命的な事だったかもしれない。

多分気を使っていた時の私は、相手や場の事を慮っていた様で全然出来ていなかった。何故なら自分を大切に出来ていないから。というか、ある意味で全集中出来ていなかった。

今を生きていなかったのかな、とも思う。(なんだか悲観的ですね)でもこんなに面白い化学反応が世の中には転がっているんだなあと改めて認識したような夜でした。

過去を悔やむでもなく、未来を不安に感じるでもなく、今にただただ、集中する。

某映画、観に行こうかしら。。(笑)絶対面白いよね。

Listen to Silence@Hiroshige Cafe Gallery

昨日、恵比寿の弘重ギャラリーで行われているHanae Saitoさんの「Listen to Silence」を観に行ってきました。

彼女の描く線は写真で観て分かる通り細かく、とても繊細です。この日、写真を撮らせて頂いたのですが、この、細部が特に神ってる作品たちをうまく撮影できずめちゃくちゃ無念でした。。(泣)

作品は10点以上展示されており、その中にはペインティングも何点かあります。幸運にも昨日作家さんとお話しでき、作品の事をあれこれ伺う機会に恵まれました。

これらの作品の被写体になっているのは、ご自宅のお近くにある木だそうです。

その木の部分を細かく描き続けているとか。。

お話の中で、この作品にはどれくらいの時間を要したか等も伺えたのですが、制作の追い込みと共にだんだんとゾーンに入っていく中で絵の動きがダイナミックになっていく、といった類のお話がとても面白かったです。

それは私にはその被写体となっている木との同調が強まる様な印象も受けました。そして銅版画(特に彼女の作品は)は刷り上がりまでにとても時間が必要なので、その長い長い長距離走の間に、被写体の木・作家・マテリアルの眼に見えないコミュニケーションが濃度を増していったのではないかなと勝手に妄想。。

よく、鉢植えの植物等は住人の波長を感じ取る、と聞く事があります。我が家にも何個か鉢植えがありますが、なんだか調子が悪いタイミングが合ったりするときもあるような(笑)でも、一緒に生活していればそれぞれの波長を感じ取ってしまうって当たり前の様でもあります。

後、時たま思うんですけど、木って私たちよりだいぶ長生きですよねえ。。木に限らず建物とか色々当てはまるものはありそうですが、そういったもの達って長い歴史の中で様々な移り変わりを見せているこの人間の世の中に何も申さず、沈黙を保ちつつもずっと見守ってくれているのですよね。今回の展覧会のタイトル「Listen to Silence」もその事を物語ってくれているような気がして。

今、先行きの見えない世の中で「眼に見える安心」というのは本当に一握りのものなのかもしれない。というか、この世の中眼に見えないものだらけだと私は思う。ただただすべきことはそれを自分の身体というフィルターを通して日々感じ取っていくだけなのかな、とも思いました。

話がだいぶ脱線してしまいましたが、是非、展覧会会場でご高覧くださいませ。

Saitoさん、どうもありがとうございました。

HIROSHIGE GALLERY(弘重ギャラリー)

”Listen to Silence”
Hanae Saito

2020/12/15(Tue)-12/20(Sun) 11:00-19:00(最終日のみ17:00まで)

〒150-0022
渋谷区恵比寿南2丁目10-4 ART CUBE EBIS B1F
TEL:03-5722-0083(代)
11:00~19:00(定休日:月曜日)

身体で料理する

今日は以前から作ってみたかった飛田和緒さんの、のっけないオムライスを作ってみました。

飛田さんの様には作れなかったけど(泣)とても美味しかった。というか、オムライスというとケチャップライスを包むか卵を乗っけるかしか思いつかなかったけど、なるほど、卵液をご飯に直接からめてそのまま焼くなんて事もできるなあ、と私には新たな発見でした。

外側の卵がジューッと良い感じに焼け、中のご飯は卵液と良い感じに絡まったまま。たまごかけご飯(TKG!)が好きなので2種類の卵の味わいが楽しめてなんだかほくほくしながら食べていた。もう少し焼き時間を長くしたり、広げて焼いたらまた違う味わいになるのだろうか。試してみよう。

そして今日、料理をしていて大きな気づきがあった。身体を使って料理出来ていない、という事だ。身体を使う、というよりは手先だけを使って料理をしていたような気がする。だからか、手が疲れる事がしばしば起こっていた。

例えば包丁を握って切る、菜箸を使って卵をかき混ぜる、野菜を炒める。

これらの行為を行う時に、手にだけぎゅうううっと力が入っていて姿勢も悪く、重心がグラグラしている。手の力を抜ければ肘が自然と動き、その遠心力で手首が軽くシェイクされる。だから力を入れずに菜箸が動く。それ以前に足元がしっかり地についていれば自然とそうなるのかもしれない。

マッサージの仕事をしていたときに、その点をいつも気をつけていた。けど、気を抜くとついつい手に力が入ってしまっていたのでこれは永遠の課題かもしれません。でもほんと、身体の力が抜けていれば抜けているほど施術が上手くいく事が多かったし、笑顔で帰っていかれる方が多かった。。から、力をこちらがいれればいれた分だけ、向こうも力で返してしまうのかもしれないなあ。

だからか、身体を使って仕事をしているな、という方を見るとほれぼれすることがあります。昔、木材を縄で縛っている方の動き方がまさにそれで、縄と木とその人が一体化しているように見えた。って事を伝えたらにこにこしていた(笑)

身体って面白い。

オムライスには再トライしようと思います。ちなみにオムライスの上にマヨを垂らして食べました。マヨって美味しいよね。。。。。。。。

鬼が街にいない日

本日は鬼宿日だったそうですね。この日は鬼が出歩かない為、何をするにも良いとされているとか。

そんな情報を眼にして散歩に出たからか、なんだかいつもより近所が静かに感じる。。(笑)これぞ思いこみの力?と考えながら歩いていました。

でも正直なところ、自分の心の持ちようも、昨日に比べたらだいぶ平穏を取り戻した様な日でした。だから、外界も静かに感じたのかもしれません。

何か大変な事があったというわけでは全然ないのですが、考えてもどうしようもない事や不安に一時だけ心を支配されてしまった瞬間があったのです。そう、それこそ鬼が心の中で暴れていたかのように。そんな時は何を見ても聞いても色褪せて見えたり、少しの事にいらっとしたりしてしまう。

でもなんでしょう、今日はご飯をつくること、掃除をすること、いつもより気をつけてやってみた。あれもこれもやらなければ、というマインドを少し置いておきひとつひとつに向き合ったらなんだか心の中にスペースが出来た気がします。(料理は千切りをいれたかしらん。千切り瞑想ってあるらしいですよ。日々の中に手軽に組み込める瞑想!)

生活をする力ってやはり偉大なのだと思った。どれだけ外で一生懸命働こうとしても、土台となっている生活によどみがあると、自然と外に漏れ出してしまうのではないかと。何故か某ドラマのこのセリフが頭をよぎる。。(笑)

「主夫なめたらあかん」

公式】極主夫道|読売テレビ・日本テレビ系

でも、思うのですが、鬼も一緒に自分の中でうまく共存する事ってできるのではないかと。鬼もうち、福もうち、という地域があるように。

鬼も自分の生き写しだと考えると、共存出来る方が良いのですよね。

今日も一日ごくろうさまでした、ゆったりとした夜を!

道中で感情コントロールを考える

昨日、何十年ぶりにフェリーニの「道」を観たのですが、やっぱり巨匠の作品て凄いなあと、頭をガツンと殴られたような気がしました。

ストーリーの説明は割愛させて頂きますが。。各登場人物の人間臭さだったり、どうしようもないところが描かれていて、時代背景こそ違いますが現代の人々が観てもとても考え深いものなのではないかと思います。

旅の道中を共にするザンパノはそのままでも良いのだけど、もう少し自分の感情をコントロールできれば良かったのかもしれない。

でも、感情コントロールって難しいよなあと思います。もう少し理性的に考えられたらさぞかし楽なんだろうなと思う事山ほどあります。

この映画の中盤にキーパーソンとなるイル・マットという芸人が出てくるのですが(上記に添付している動画の0:23から出てくるバイオリンを弾いて踊っている人)、この人がこの動画内で言っているセリフ

「この小石でも役にたってる」

これはヒロインジェルソミーナが「私、何の為に生きているか判らない」と悩んでいる時に投げかけた言葉です。このイル・マット、ジェルソミーナの事をこの直前に「君は変だよね、頭とかアーティチョークみたいだしさ」とか明るく言ってて上げたり下げたりと調子が良いですが、私はこのシーンがなんだかとても感極まるところがありました。

この意味があるかどうかわからない小石にも役割はある。という風にも解釈しましたし、もし小石の様にただ淡々と生きる事ができたのなら不安や恐怖を内包してしまう人間はもう少しそれらを手放す事が出来るのではないかと思いました。

最近、また感染者が急増してきて経済の停滞や自由が効かない日々に不安を募らせている人が多い事を肌身で感じます。ちなみに今日私が聞いていたラジオのお悩み相談で「今回の騒動で、会社の人員削減があり人数が少ない中で激務でどう自分をコントロールすれば良いか判らなくなった。。」という方のお悩みが来ていて(泣)、皆表面では元気そうにしていても不安に追いかけられているのかな。。と。

私は植物や動物達にとって「死」や「不安」ってどの様に存在しているのだろう?と不思議になる事があります。人間ほどの不安や恐怖は持ち合わせていないかもしれない。もしかしたら私たちよりも死というものをもっと自然の摂理として身近に感じていて、淡々と、今目の前の事に集中しているのかな、とも思ったりします。

動植物への知識が足りない私がこんな事を書いてしまって何なのですが。。(スミマセン)感情や理性を持ち合わせている人間は小石や動植物の様には生きられないかもしれないけれど、ある意味での自然回帰という事はこの時代に促されている事なのではないかと思う。

それは文明が、テクノロジーが、とかいうことではなく、もう少し自分の内側にフォーカスすること。外側の条件ではなく、自分が何を求めているのかを日々の中で発見していくことなんじゃないかと思う。マインドフルネスなんていう言葉が当たり前になりつつあるし、浴びる情報が多い分自分をおざなりにしてしまうことが無意識的に起きるこの日常には、必要なのではないかな。。等と考えています。

そんな私も昨日は休みに何しよう?と考えて色々と判らなくなってました(笑)なんだか色々損得勘定してしまってあれこれ考えすぎてしまった!でも、一番最初にしたいと思った事はなんだっけ?と考えなおしたりして、フェリーニの「道」に突き当たるという。

はー、にしてもあの頃の時代というものは一度さよならを言ったらもう会えない確率になる事の方が高かったかもしれないし、ジェルソミーナなんてザンパノに売られてついていったけど、もう家族とは会えなくなるかもしれないのを承知でおそらく出ていったんだよなあ。イル・マットとのお別れの時も「チャオ」というあの表情がなんとも言えん。。。個人的にはイル・マットとジェルソミーナの夜空の下でのお話がクライマックスでした。

このブログも小石の様なものだけれど、それでも自分が出来る事をやっていく、それを忘れずにいようと思います。

今日も良い一日を。〆は淀川先生にご登場頂きました!

サンキューおひさま

今日もどうもありがとう
またあした

最近、朝眼が覚めると「よしよし、生きている、身体が動いている」という事にただただ有難さを感じる事があります。

こうして夕陽をみると太陽が昇ったという事の当たり前だけど実はそうではなかったかもしれない事に少し驚きを覚える。

不安を抱えずに生きているとは言えないけど、いつ死んでしまうか分からないことを考えると今日一日に集中する以外何もない様な気がします。そうすると、ちいさいけどささやかなしあわせに気付ける事が多い。

柵の向こうに眼を移すと、夕方近い光に激しく照らされる海が見えた。あんなに大きな水がこの星の上でたぷんたぷんしていることがすごい。そんな中で私たちなんて一瞬で消えていく砂つぶだ。その砂つぶの中にある宇宙は無限の宇宙と呼応している。その法則の前で意図的にできることなんてやっぱりなにひとつない。意図したとたんに無限の入れ子のように、その意図も法則に組み込まれる。確信して、楽になる。波が寄せては返すように。夕暮れに鳥がいっせいに巣に帰っていくように。なにもしなくていい、なにも目指す必要はない。

吹上奇譚 第三話 ざしきわらし p166 吉本ばなな

このお話を今、くりかえし読んでいます。何故かというと、何気ないストーリーの中にとても重要な言葉が散りばめられていると思ったから。何回か読んでようやく理解できたであろう部分もあり、読むたびに発見があって面白いです。上記の引用も何回か読んで、「おお。。」とひとりでうなっておりました。第4話を読むのが今から楽しみで仕方ありません。

これを書いている今、お昼近くなのですが昨日の夕陽の写真を載せてしまいました。なんとなく不思議な感じですが、今週のお仕事が終わりの方も、週末も働くよーという方もお疲れ様でした。

良き午後を、週末をお過ごしくださいませ。

ちなみによく参考にさせて頂いているタクヤ先生が冬の養生のyoutubeをアップしていました。黒いもの、食べよ。黒豆とかあまり買わないし、おせちの予行演習も兼ねて煮ものでも作ってみようかしらん。

できること・できないこと

昨日、とある方との対話から考える事があった。それは私のやっている事に関してこうした方が良いんじゃない?という提案だった。それらの提案には取り入れてみようかな、と思うものもあり、中には「どう考えても自分には無理だ。。」と思うものもあった。

でもその自分にはとうてい無理な事をもし、取り入れたら劇的に物事がスムーズに加速していきそうなのだ。おまけにスムーズに転がっていくだけではなく多くの人達に喜んで頂ける。でも自分の心が追い付いていかない。

むーー

正直少し落ち込んでしまった。なんでそんな簡単できっと求められる事が自分にはできないのだろうと。でも、人それぞれ出来ることと出来ないことってあるからなー、と。それにもしかしたら近い未来に出来る様になっているかもしれないから希望は持っておこうと思った。

それに辿りつきたい目標があるには変わりないから今自分が出来る事からメソッドを作り上げていけば良いのだ。と、思ったらめちゃくちゃ気が晴れた(晴れ間!)。

にしても、自分の思考パターンを俯瞰出来たようで面白かった。昔は出来ないことや、社会の照準に合わせられないことが物凄くコンプレックスに思えて沼にはまりまくっていたし、出来ない自分が受け入れられなかった。そしてなんとか合わせようと歯を食いしばっていたようなのですが(だから歯が欠ける(笑))、あんま無理は出来ないようです。歯無くなっちゃうかもしれないからね!おいしいもの食べれなくなっちゃう。歳を重ねていくとはすごい事だ。

話は変わるのですが、今日素敵だなーと思うおばさまを見た。近所のカフェの店員さんで、おそらく息子さんであろう人と一緒に働いているみたいで。お店のTシャツを着て、しゃしゃり出過ぎず、でもシャキシャキと働いていて、少しはにかみながら会話をして頂いた感じに一気に癒されました。そのお店には以前も伺った事があったのですが、その時にも慣れないタブレットで一生懸命お会計をしてくれて思わず心の中でエールを送っていたのでした。また行こうと思います。

それにしてもあっという間に11月ですね。今年の激変ぶりを振り返って驚きつつ、来年はどうなっているんだろうと思うと少し楽しみです。

良き夜をお過ごしください。

DO YOU NEED A REST FROM LOVE?

10月は触れた事のなかったものに触れてみようという目標をかすかに掲げて生活していた。思っていたほどの数を咀嚼する事は出来なかったけど、いくつか心に残ったものがあった。

その中で、最近ずーっと流しっぱなしになっていたのが柴田聡子さんの「愛の休日」。

アルバム全体とても良いのですが、その中でも「あなたはあなた」という曲が特に印象に残りました。

私は音楽性の事とか、あまり語れませんが色んな情景を想起させるような歌が大好きで、この曲もそのひとつでした。ひととおり聞くと今度は歌詞を自分で書き起こしたくなるという衝動(笑)小さい頃、無意味に何故か流行っている曲の歌詞をノートに書いていた様な記憶がおぼろげにあります。その当時はレンタルビデオ店に短冊CDとかが売っていて、何故かその店にはその時にヒットしている曲の歌詞をコピーしている紙が置いてあって誰でも持って行って良い様になっていた。それを私も持ち帰って読んでは書きとめていた様な気がします。良い時代だなあ。


やたらと昔からハイヒール履きたがって

年下だからと口紅とってこさせて

別れたときを覚えていないのにあのことだけ

痛みもなくあざやかな春



ぼくのいらないものを欲しい人はいませんか

ぼくの欲しいものをいらない人はいませんか

あなたの休日はたまに贅沢をして

遠い外国にもひとりで行くって


おみやげなんにも買ってこないで

いい匂いだけで帰ってくる

おかあさんも知らないような香り

わたしはわたし

あなたはあなた



前もどこかで話した様な気がするけど、含みがある言葉が通じるというのは凄いことだと思う。もちろん100%伝わっているという事はありえないのかもしれないけど、何かしらのイメージを引っ張り出してこれる言葉が持つ力は強い。

物事を簡潔に隅から隅まで意味を理解したい、という時もあるけれど、こうしたイメージを内抱している言葉に出会えるととても豊かな気分になれる。

後、柴田さんてなんかかわいいんですよねえ。このCDジャケットは黒髪ですけど、今は金髪みたいです。なんだかご本人にも歌詞にも曲にもとても野性味があるような感じを私は勝手に受け取っています。自分がやるべき事をたんたんとやっている感じ、というか。

詩がない世の中はとても貧しい、といった類の言葉を聞いた事があるけれどほんとうにそうだなあ。全て意味を理解しなければならない世界になってしまったら頭がおかしくなるかもしれない。

発見できた新しい音楽、数珠つなぎの様にまた良い作品に出会えそうな気がします。