意志と甘茶とお誕生日

最近胸にぐっさり刺さった言葉

「意志を持って生きる」

なくても良いと思うし、あったらあったで生半可ではないなあとも思う。

そんな私はよくうっかり忘れています。

全然関係ないのですが今日はお釈迦様のお誕生日だとか。おめでとうございます🙇‍♀🙇

春雷

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全ての生命の源となるエネルギー

その容姿端麗な姿に渦巻く青白い声

雨や風、時にはひょうをも巻き起こす

全てのタイミングがぴったりと重なるこの時よ

確実に季節は転じゆく

そうとは知りながらも止めることができないこの激情

今だけと知りながら遠く見えるは春雷よ

眼の前に現れる出来事

何かがある前や、変化する時に示唆をするような出来事やニュースやサインが連続的に眼の前に現れる事があるという話を聴いた事がある。

向こうから現れている様で自分がその糸を手繰り寄せている可能性もあるのかな、と思った。言い換えるとその様な出来事、もしくはニュースやサインに自分のアンテナが反応する様になっているのではないかと。

何週間か前に怪我をしたご高齢の女性の介抱の場面に遭遇した。そして今日は眼の前でご高齢の女性が自転車でバランスを崩して転んでしまった場面に遭遇した。

私の周りにいた人々は2人。3人でなんとか女性を起そうと試みた。幸いな事にお怪我はなく少し座って休んだ後にゆっくりと自転車を押して歩き始めた。

この時私は起き上がるお手伝いをしようと思ったんだけど、どの様に自分の身体を添えてあげたらベストか、という想像が追い付かなかった。私を含め3人のうちの1人の女性が慣れているのか、とても良い動きでその女性を起き上がらせていた。

何より、掛け声がとてもどっしりしていて安心させる様な掛け声だった。

うーん、なるほど。とほんの数分の出来事だったのだけれど学んだ事が色々あった。介抱する際の身体の使い方、声のトーン、etc..

この話の流れからまた冒頭の連続的に現れる出来事、の話に戻ります。この出来事が伝えようとしている事はなんだろう?というか、昨日友人と他者の気持ちを理解する事について、という事を話していたのでした。

ひとは生まれた環境、持ち合わせている身体性やメンタリティー、バックグラウンド等など同じものはひとつとしてない。個人として見るとカテゴリーに当てはめる事は厳密にはできない。だからその上で向こうが何を考えているか想像するというのは本当に大きな作業であり、類似体験等をしないと理解できないケースもしばしばある様に思う。

そして何より頭だけで理解するのではなく、身体を伴った理解をいつも求めている。どの様にこの身体を動かしたら、手を動かしたら、足の角度を変えたら、言葉を選べばベストなのか。

何より、理解できる事だけが大事なのではなくて、理解したいという気持ちを持ち続ける事なんだよな。。と思った。そう思うと人間はいつでも独りだし他者に理解されうるものではないのかもしれない。それでも歩み寄って肩を寄せて生活する人間の姿はなんだかとても豊かに見えるのでした。

うーん、学べという事だな。学ぼう。

学んだ上でどの様な自分になっているのか、想像するのに相応しい新年度の始まりの日です。

新社会人の皆さん、新しい仕事や環境に身を置く皆さん、何かを新しくスタートする皆さんへ、おめでとうございます!

モーニングルーティーン

「朝は10分かけてコーヒーを味わいつくして、10分かけて気に行っている曲を何度も何度も聴く時間を取っている。それがその日一日の余裕を生む」

という事をとある方が仰っていたのがとても印象的でした。

確かにそうかもなあ、朝に余裕があるとだいぶ違うんだろうなあとは思っていましたが、なかなか実践には移せず。でも自分の注意力散漫な性格や気分にムラがあるのを見かねて、少しずつですが朝の過ごし方を見直している最中です。

というわけで私なりに実験しております。まず、朝は白湯を飲んでいるので白湯をきちんと味わうようにする事。その次、今まで朝起きるとラジオのスイッチをオン!していたのですが、それを止め、無音で過ごしています。後は朝起きて無意味にスマホを覗かない。もう一つ、その時に聴きたい音楽を出かける5分前にじっくり聴いて出かける。といった事をやっています。

10分ていう時間にとらわれすぎるのもな。。と思い少し短い時間を設けています。

3月頭位から実践しており、できなかった日もあるし、無意識のうちにスマホを覗いて「ハッ」となったりトライ&エラーを繰り返していますが、うん、集中力が上がったかどうかは未だ検証中だけど(笑)気分はとても良く感じる。

とくに朝起きてから見るスマホを辞めたら不思議なんですけどダラダラとSNSを見なくなった事は実感している。

前年度のちょうど自粛が始まった辺りから、色んな人が前にも増してモーニングルーティーンをyou tube等で紹介していますよね。なんかブームなんでしょうか。自分にも取り入れられそうだな、というのは取り入れたり、皆生活に合わせて色々と工夫しているので面白いなあと思います。

先先の事を考えると。。特にこれから暑い夏もやってくるし、やはり朝早く目覚めて色々とタスクを行って行きたいというのが理想。とある方なんかは4時に起きて執筆し、家の事をやり、その後仕事をして夕方には畑、夜9時に就寝しているという。。うーん、凄い。

色々と工夫して自分も生活も良い感じにアップデートをかけていきたい。現状私の課題は朝の過ごし方。もう一つは食事を美味しく楽しく味わう事でしょうか!

たらたらと自分の事をすみません。人体実験を続けていきたいと思います。朝散歩に出かけているのですが、今桜がとてもきれいです^^

Do you remember your dream in this winter?

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夢うつつの啓蟄期間

地中から虫が顔を出し、桃の花がほころび空では蝶が色鮮やかな衣を纏う

冬眠していた虫達は巣穴の中で観ていた長い長いロードフィルムの様な夢を共有したりするのだろうか。もしくは何もかもすっかり忘れてしまいまた淡々と生活を続けていくのだろうか。

人間は実際に冬眠はしないものの、毎夜死んだように眠り毎朝目覚めるという半ば奇跡に近い事を毎日繰り返している。また、何かに突然目覚めた!気づいてしまった!という様な場合も眠りから目覚めると言うように形容される事が多いと思う。

土の中から出てくる少し前の虫達って、あの、少し目覚めてるんだけどまだ布団から出たくなくてうだうだしてしまう感じや、何かを始めたいのになかなか決断しきれないあの状態と似ているのだろうか。

布団から「よし、起きるべ!」と決め開いたカーテンに拡がる景色や、何かを遂に「よし、始めるべ!」と行動を起こした後に眼に飛び込んでくる世界が自分が思い描いていたより色鮮やかだと良い。

今回、なるべく虫の眼線で写真を撮りためてみました。つまり見上げるといった視点が多くなったのだけど(猫さんは違いますが。また背景のモノクロ写真も。こちらは以前何かでコピーしたものです。。)

虫の視点、即ち地面に近い。。という事で道端でしゃがんでしきりに植物を撮っていたので不審者感半端なかったという事は否めません。。(笑)小学生にかなり怪しげな眼で見られる私。ふふふ。

こんな事を考えていたからか、最近今まで長い長い夢を観ていたのかなと思う位景色や物事が新鮮に感じる事があります。季節の変わり目だから?かもしれませんが。

【3月5日~3月19日 24節気:啓蟄 72候:蟄虫啓戸/桃初笑/菜虫化蝶】

その行為をアートと呼ぶ

昨夜のお話をさせて下さい。

帰り道、家に着く手前の真っ暗な小道のはしっこで二人の人が佇んでいました。どうやらご高齢の女性が転んでしまい額から流血してしまい、近くの某運送会社のお兄さんが介抱していたのでした。

救急車を呼びますか?家まで運びますか?と言っても家人がもう少しで帰ってくるから。。とそこに留まる事をその女性は主張していてどうしたものかとなっていました。

そこにひとりの男性が何があったのかと尋ねてきたので事情を説明すると眼の色を変えて「看護師であるパートナーを呼んでくるから応急処置しよう」と提案してくれたのです。

すぐにパートナーの方がやってきて手際良く額の怪我を処置。その手さばきと介抱は本当にため息がでるほど鮮やかでした。

家人であるご主人もようやく帰ってきてその女性は無事に帰宅しました。。

という事があったのです。

私は昨日の帰り道、ある事で少しだけ頭を悩ませていたのですがその出来事に遭遇し全て吹っ飛んだと同時にちょっとした感動を覚えました。

何故かというと看護師の方の介抱も勿論ですが、あの場にいた全員が”この人を助けたい”という方向にベクトルが向いており、見返りも報酬も何も求めていない、ひととひととの淡々としたやり取り。そんな事が線香花火よりも少し大きめな火花をともなうようにその空間を照らしていたように思うのです。

見返りを求めたり認めてもらいたかったり、結果や報酬を求める。これらの事は人間社会では本当に良く起こる事で、考え出すと嫌になる事もあるけれどいかにも人間らしくいとおしい側面もあると私は思います。ただ、この様に無心でただただ何かの行為を施す。。というものが日々に突然経ち現れると世界の色が変わって見える。

色が変わって見えるだけではなくてそれに関わっている人々の意識まで変えていく可能性も持っているのだなと言う事を強く思いました。

ちょっと話が逸れるかもしれないけれど、そういった行為全般をアートと呼べるのではないかと私は思う。有形無形、絵か彫刻かなんてものは全く関係なく、ただ無心で行った事が人々の意識を変えていく役割を担っている。それはもしかしたらスーパーのレジで起こるかもしれないし、ウキウキして作った自分の為の朝ごはんかもしれない。

何かに真剣に取り組む。そういった行動が連鎖していけば全体の幸福度がもっともっと上がっていくのかもしれないな。。と一晩明けた今そんな事を感じています。

何はともあれ無事で良かった、よ!そして全員が笑顔で解散したのでなんだか忘れられない夜になりそうです。早く傷口が回復しますように。

うつくしい雨水

今年に入ってから24節気72候の事に興味をもって本を読んだり調べていましたが、文字を追っているうちに現実の自然界ではいったい何が起きているのかも知りたくなってきました。本に書かれている先人の知恵を大事にしながら、この地球も変化を遂げている。そう思うと今しか見れない瞬間が山ほどあるんだよなあ。。と思いまして自分でこの期間中に眼についたものをパシャパシャスマホで撮って、コラージュしてみました。

【2月19日~3月5日 24節気:雨水 72候:土脉潤起/霞始靆/草木萌動】

この雨水期間(農作業を始めるタイミングや雪が解け始めて水が生じるといった期間)とは冬から春に移り変わっているまっただ中で、新旧入り混じる、陰陽入り乱れる。。じゃないけど、春近付いてウキウキしていると同時に結構ドロドロ渦巻く様な期間なんじゃないかと思った。

寒くなったり暖かくなったり。実際に心のデトックスみたいな事が起きやすかった。一度清算して仕切り直すといった様な。

土脉潤起/霞始靆/草木萌動

雪解け水が地中に流れ込み大地を潤して、その水分が蒸発し大気中に霞みや靄が起きる。そして草木が芽を出してくる。

といった感じに生命は絶え間なく動いていて、でも動く=生命活動をするという事は物凄くパワーを要するものなのだとこの時期に確定申告の処理をしていて実感した、てちょっと違いますね(笑)でもやるぞ!っていうパワーが必要ですよね??

写真は主に眼についた花々。ふきのとうやこの季節特有の壁に映し出される影、そしてこの季節の季語に「猫の恋」というものがあるらしいのでまったりしてたところにお邪魔して一枚撮らせていただきました。背景は道端の柱の錆。雨水期間が色んなもので入り乱れる印象があったので違うマテリアルのものを挿入してみました。

乱れるといってもその乱れには特有の美しさがあると思う。「美しさとはこうあるべき」といった類の価値観はこの世の中に山ほど転がっていて知らないうちにその価値観に基準を置いてしまう事がある。でも美しさは自分で判断するもので人に委ねるものではない。

なんて思いました。

therapy→artworkへ

この度自身のオンラインショップの名前を

masumihirayama art and therapy

masumihirayama artworkへ改名致しました。

私はセラピストというお仕事に7年ほど携わっていた経験や、オンラインショップ内にセラピーメニューをご用意していたこともあり、名前にtherapyという言葉を組み込んでいました。

でも、開店してからこの言葉を使う事にどんどんどんどん違和感を感じていきました。誰かに喜んで頂きたい、誰かを癒したい、それは仕事をする上でとても大きなモチベーションの一つだと思うし、その考えを否定するつもりは全くありません。ただ今の私は人の事を癒せる程のキャパを持ち合わせていな。。というのが本音です。

まず自分がしっかりグラウンディングする事で初めて他者に手を差し伸べる事ができると思うし、自分の人生にまずはフルコミットして思い切り楽しむ事が周りをも幸せにするのではないか。

だからとにかく明るく楽しい方へ進んでいきたい、その道中で発露される作品や喜びを誰かとシェアしたい、私が私の人生に全集中していく中で生まれた作品をご購入して下さった方、縁あってお仕事をご一緒させて頂く方々の笑顔や活力・癒しになっていけば、今はそんな気持ちでいます。

いつかまた再開する事を自分に許す事ができたらその時はお知らせ致しますし、これからも日々のリサーチや制作に力を注いでいきたいと思っております。

情けない話になってしまいましたが、違和感を抱えたまま継続するのは性に合わず、もっと真剣に自分に向き合いたいと思い改名に至りました。ただこの事は己の事を理解する上でもとても貴重な経験になりました。

ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございます。ブログ・オンラインショップ共に今後とも継続していきますし、私が出来る事で協力出来る事があればお仕事のご依頼も受け付けております。

相変わらず私の興味は食べ物の事やカルチャー全般、そしてwell being、自然とどう調和していくかという所にあると思います、そして自分の人生へ全集中です!

これからもどうぞ宜しくお願いしますの方々にも、まだ見ぬこれから出会う方々にも誠意を込めて。

2021年2月28日
平山真澄

ポートレートひとさじくわえさせてっ【かわいいすぎて困る編】

ご縁があって知り合った方からお子様を記念に描いて欲しいとのオーダーを頂きました。

「ポートレートひとさじくわえさせてっ」とは、私のオンラインショップ内にある、オーダーメイドのポートレート作品の事で、ご依頼後写真(インスタ等でもOK)を見せて頂いたりしながらお話を聴き想像を膨らませ、私の”ひとさじ”のスパイスを加味させて頂く。。そんなプロジェクトです。

今回描かせて頂いたお子様達はとにもかくにも本当に可愛くて。。私描けるのか??と不安になりました(汗)

お母様とお話していたら、昔フランスに留学していたのだとか。その事が頭にずっと残っていて色々と空想をしていたらそのお子様たちがフランスの街の中をマドレーヌやザジの様に元気に駆け回っている姿が見えてきました。。ので、典型的すぎるかもしれないフランスの物達を散りばめてコラージュをしてみました。

今回何が描いてて一番楽しかったかと振り返ってみたら、上下のチェック(某有名ブランドのジャムのパッケージを模倣)の部分をこりこりこりこり色鉛筆で描いていた事かなあ。。と思う自分やっぱり地味で根暗全開だな!と思いましたよ(笑)

後ほどお母様からご連絡があって、この絵を通じて娘さんとフランスの話ができたというお話を聴いて、しみじみ嬉しかったです。私が描いた絵がそのご家庭の日常の中で大きな役目を果たせる事はそんなにないと思う。でも、家の中でただ空気の様に寄り添う事ができたなら、それはとても嬉しい事だなあなんて思うのです。

このご機会を与えて下さいましたクライアント様へこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!