Do you remember your dream in this winter?

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夢うつつの啓蟄期間

地中から虫が顔を出し、桃の花がほころび空では蝶が色鮮やかな衣を纏う

冬眠していた虫達は巣穴の中で観ていた長い長いロードフィルムの様な夢を共有したりするのだろうか。もしくは何もかもすっかり忘れてしまいまた淡々と生活を続けていくのだろうか。

人間は実際に冬眠はしないものの、毎夜死んだように眠り毎朝目覚めるという半ば奇跡に近い事を毎日繰り返している。また、何かに突然目覚めた!気づいてしまった!という様な場合も眠りから目覚めると言うように形容される事が多いと思う。

土の中から出てくる少し前の虫達って、あの、少し目覚めてるんだけどまだ布団から出たくなくてうだうだしてしまう感じや、何かを始めたいのになかなか決断しきれないあの状態と似ているのだろうか。

布団から「よし、起きるべ!」と決め開いたカーテンに拡がる景色や、何かを遂に「よし、始めるべ!」と行動を起こした後に眼に飛び込んでくる世界が自分が思い描いていたより色鮮やかだと良い。

今回、なるべく虫の眼線で写真を撮りためてみました。つまり見上げるといった視点が多くなったのだけど(猫さんは違いますが。また背景のモノクロ写真も。こちらは以前何かでコピーしたものです。。)

虫の視点、即ち地面に近い。。という事で道端でしゃがんでしきりに植物を撮っていたので不審者感半端なかったという事は否めません。。(笑)小学生にかなり怪しげな眼で見られる私。ふふふ。

こんな事を考えていたからか、最近今まで長い長い夢を観ていたのかなと思う位景色や物事が新鮮に感じる事があります。季節の変わり目だから?かもしれませんが。

【3月5日~3月19日 24節気:啓蟄 72候:蟄虫啓戸/桃初笑/菜虫化蝶】

その行為をアートと呼ぶ

昨夜のお話をさせて下さい。

帰り道、家に着く手前の真っ暗な小道のはしっこで二人の人が佇んでいました。どうやらご高齢の女性が転んでしまい額から流血してしまい、近くの某運送会社のお兄さんが介抱していたのでした。

救急車を呼びますか?家まで運びますか?と言っても家人がもう少しで帰ってくるから。。とそこに留まる事をその女性は主張していてどうしたものかとなっていました。

そこにひとりの男性が何があったのかと尋ねてきたので事情を説明すると眼の色を変えて「看護師であるパートナーを呼んでくるから応急処置しよう」と提案してくれたのです。

すぐにパートナーの方がやってきて手際良く額の怪我を処置。その手さばきと介抱は本当にため息がでるほど鮮やかでした。

家人であるご主人もようやく帰ってきてその女性は無事に帰宅しました。。

という事があったのです。

私は昨日の帰り道、ある事で少しだけ頭を悩ませていたのですがその出来事に遭遇し全て吹っ飛んだと同時にちょっとした感動を覚えました。

何故かというと看護師の方の介抱も勿論ですが、あの場にいた全員が”この人を助けたい”という方向にベクトルが向いており、見返りも報酬も何も求めていない、ひととひととの淡々としたやり取り。そんな事が線香花火よりも少し大きめな火花をともなうようにその空間を照らしていたように思うのです。

見返りを求めたり認めてもらいたかったり、結果や報酬を求める。これらの事は人間社会では本当に良く起こる事で、考え出すと嫌になる事もあるけれどいかにも人間らしくいとおしい側面もあると私は思います。ただ、この様に無心でただただ何かの行為を施す。。というものが日々に突然経ち現れると世界の色が変わって見える。

色が変わって見えるだけではなくてそれに関わっている人々の意識まで変えていく可能性も持っているのだなと言う事を強く思いました。

ちょっと話が逸れるかもしれないけれど、そういった行為全般をアートと呼べるのではないかと私は思う。有形無形、絵か彫刻かなんてものは全く関係なく、ただ無心で行った事が人々の意識を変えていく役割を担っている。それはもしかしたらスーパーのレジで起こるかもしれないし、ウキウキして作った自分の為の朝ごはんかもしれない。

何かに真剣に取り組む。そういった行動が連鎖していけば全体の幸福度がもっともっと上がっていくのかもしれないな。。と一晩明けた今そんな事を感じています。

何はともあれ無事で良かった、よ!そして全員が笑顔で解散したのでなんだか忘れられない夜になりそうです。早く傷口が回復しますように。

うつくしい雨水

今年に入ってから24節気72候の事に興味をもって本を読んだり調べていましたが、文字を追っているうちに現実の自然界ではいったい何が起きているのかも知りたくなってきました。本に書かれている先人の知恵を大事にしながら、この地球も変化を遂げている。そう思うと今しか見れない瞬間が山ほどあるんだよなあ。。と思いまして自分でこの期間中に眼についたものをパシャパシャスマホで撮って、コラージュしてみました。

【2月19日~3月5日 24節気:雨水 72候:土脉潤起/霞始靆/草木萌動】

この雨水期間(農作業を始めるタイミングや雪が解け始めて水が生じるといった期間)とは冬から春に移り変わっているまっただ中で、新旧入り混じる、陰陽入り乱れる。。じゃないけど、春近付いてウキウキしていると同時に結構ドロドロ渦巻く様な期間なんじゃないかと思った。

寒くなったり暖かくなったり。実際に心のデトックスみたいな事が起きやすかった。一度清算して仕切り直すといった様な。

土脉潤起/霞始靆/草木萌動

雪解け水が地中に流れ込み大地を潤して、その水分が蒸発し大気中に霞みや靄が起きる。そして草木が芽を出してくる。

といった感じに生命は絶え間なく動いていて、でも動く=生命活動をするという事は物凄くパワーを要するものなのだとこの時期に確定申告の処理をしていて実感した、てちょっと違いますね(笑)でもやるぞ!っていうパワーが必要ですよね??

写真は主に眼についた花々。ふきのとうやこの季節特有の壁に映し出される影、そしてこの季節の季語に「猫の恋」というものがあるらしいのでまったりしてたところにお邪魔して一枚撮らせていただきました。背景は道端の柱の錆。雨水期間が色んなもので入り乱れる印象があったので違うマテリアルのものを挿入してみました。

乱れるといってもその乱れには特有の美しさがあると思う。「美しさとはこうあるべき」といった類の価値観はこの世の中に山ほど転がっていて知らないうちにその価値観に基準を置いてしまう事がある。でも美しさは自分で判断するもので人に委ねるものではない。

なんて思いました。

therapy→artworkへ

この度自身のオンラインショップの名前を

masumihirayama art and therapy

masumihirayama artworkへ改名致しました。

私はセラピストというお仕事に7年ほど携わっていた経験や、オンラインショップ内にセラピーメニューをご用意していたこともあり、名前にtherapyという言葉を組み込んでいました。

でも、開店してからこの言葉を使う事にどんどんどんどん違和感を感じていきました。誰かに喜んで頂きたい、誰かを癒したい、それは仕事をする上でとても大きなモチベーションの一つだと思うし、その考えを否定するつもりは全くありません。ただ今の私は人の事を癒せる程のキャパを持ち合わせていな。。というのが本音です。

まず自分がしっかりグラウンディングする事で初めて他者に手を差し伸べる事ができると思うし、自分の人生にまずはフルコミットして思い切り楽しむ事が周りをも幸せにするのではないか。

だからとにかく明るく楽しい方へ進んでいきたい、その道中で発露される作品や喜びを誰かとシェアしたい、私が私の人生に全集中していく中で生まれた作品をご購入して下さった方、縁あってお仕事をご一緒させて頂く方々の笑顔や活力・癒しになっていけば、今はそんな気持ちでいます。

いつかまた再開する事を自分に許す事ができたらその時はお知らせ致しますし、これからも日々のリサーチや制作に力を注いでいきたいと思っております。

情けない話になってしまいましたが、違和感を抱えたまま継続するのは性に合わず、もっと真剣に自分に向き合いたいと思い改名に至りました。ただこの事は己の事を理解する上でもとても貴重な経験になりました。

ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございます。ブログ・オンラインショップ共に今後とも継続していきますし、私が出来る事で協力出来る事があればお仕事のご依頼も受け付けております。

相変わらず私の興味は食べ物の事やカルチャー全般、そしてwell being、自然とどう調和していくかという所にあると思います、そして自分の人生へ全集中です!

これからもどうぞ宜しくお願いしますの方々にも、まだ見ぬこれから出会う方々にも誠意を込めて。

2021年2月28日
平山真澄

ポートレートひとさじくわえさせてっ【かわいいすぎて困る編】

ご縁があって知り合った方からお子様を記念に描いて欲しいとのオーダーを頂きました。

「ポートレートひとさじくわえさせてっ」とは、私のオンラインショップ内にある、オーダーメイドのポートレート作品の事で、ご依頼後写真(インスタ等でもOK)を見せて頂いたりしながらお話を聴き想像を膨らませ、私の”ひとさじ”のスパイスを加味させて頂く。。そんなプロジェクトです。

今回描かせて頂いたお子様達はとにもかくにも本当に可愛くて。。私描けるのか??と不安になりました(汗)

お母様とお話していたら、昔フランスに留学していたのだとか。その事が頭にずっと残っていて色々と空想をしていたらそのお子様たちがフランスの街の中をマドレーヌやザジの様に元気に駆け回っている姿が見えてきました。。ので、典型的すぎるかもしれないフランスの物達を散りばめてコラージュをしてみました。

今回何が描いてて一番楽しかったかと振り返ってみたら、上下のチェック(某有名ブランドのジャムのパッケージを模倣)の部分をこりこりこりこり色鉛筆で描いていた事かなあ。。と思う自分やっぱり地味で根暗全開だな!と思いましたよ(笑)

後ほどお母様からご連絡があって、この絵を通じて娘さんとフランスの話ができたというお話を聴いて、しみじみ嬉しかったです。私が描いた絵がそのご家庭の日常の中で大きな役目を果たせる事はそんなにないと思う。でも、家の中でただ空気の様に寄り添う事ができたなら、それはとても嬉しい事だなあなんて思うのです。

このご機会を与えて下さいましたクライアント様へこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました!

青に梅

春が近くなると太陽の光の強さが変わって自分の身につけている服がみすぼらしく見える事がある。春が来るのだからいい加減動きなさいよ、と言われている様な瞬間が春の知らせの様に毎年感じています。

とある方が「今年は春が楽しみでしょうがない!」と言ってて激しく同意だった。昨年度はいつ桜が咲き始めたのかわからない程めまぐるしかった様に思う。そして昨年とは恐ろしく異なる生活をしている自分にびっくりもしている。

某ウイルスは元気モリモリだし、地震もあったりで全く落ち着かないけど結局は今が1番で過去が良いとは思えない。

とか言いつつ今日元気に走り回る幼稚園児達を見て、あの位の歳からやり直したいなあなんて一瞬考えたけど。魔が差した(笑)

なんだか今日は新学期の始まりの様な日に感じたのでボヤきました。花見がしたい🌸

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。。と、上記の言葉は何日か前に書き連ねた言葉です。そこから何日か経過して今日東京は5月中旬の気温だとか。。???でも週末に向かっていくにつれて気温が下がっていくと天気予報で聞きました。移り変わりはあるだろうけれど体調管理がなかなかに難しいですね。

何日か日をおいてまたこうして文章を振り返ってみると日々少しずつだけれどアップデートされている自分や自然の姿がある事にちょっと驚きます。あの位の歳からやり直したいかもだなんてずいぶん感傷的ですね、と突っ込む自分(爆)

季節が開いていくにつれて心も身体も開放されていくんだなあと実感しています。

振り返ってみて昨日自分が考えていた事が「もう、古いな」と思ったらいつでもアップデートできるし設定を変えられるんだとも思った。ちょうど昨日区切り良く終了した事があって余計にそんな風に感じたのかもしれないけど、身体も心も自分を取り巻く環境も新陳代謝がしっかりとなされている事がきれいな水が流れていく循環をもたらしそうですね。。なんて考えたのでした。

本日も良き一日をお過ごしください!

言葉に置き換える膨大なエネルギーをストックしていた

だいぶ久しぶりの投稿になってしまいました。一番最後に投稿した日から今日まで約10日が経っていますが、その間に色々な事が目まぐるしく起こり、10日前とは世界の見方がだいぶ変化したように感じています。

まず、被災された方々へお見舞い申し上げます。未だ平常運転でない地域もあると思います。一日も早く日常が戻ってくる事をお祈りしております。

ブログを書かない何日かを過ごしていつも思うのですが、感じた事や考えた事を言葉に置き換えて伝えていくって相当な労力を使うとてもクリエイティブな作業だと思う。何気なく書いているようで頭の中では思考がひっきりなしに働いており、だいぶ浪費していると思うのです。

また、どなたかのTweetで毎瞬毎瞬意思決断をする時、物凄くエネルギーを使っているといった投稿を見かけました。なるほど、ということは誰かに意思決断を任せる時って自発的に省エネしていることなのかな?あ、でも誰かに任せる、というのもひとつの意思決断か。。

何が言いたいかというと、パソコンに向かう決断が出来ずに言葉に置き換えるエネルギーをいつもより少し多めに温存していたって事です。。言い訳にすぎませんが(笑)

言葉に置き換える分、人との何かしらのやり取りの中で自分の思考の癖のみたいなものを見つけたりすることが出来たり、大きな収穫期間だったようにも思います。変化している時というのは自分が何を考えているか分からないから言葉に置き換えるというのも難しいのかもしれないと今この記事を書いていて思いました。

収穫というか抱負と言えば良いのかもしれませんが、人それぞれの違いというものをもっと尊重できるようになりたい、と思った事がとても大きい出来事でした。

まだ上手く言えないのですが、この世の中には色んな人がいる分だけの価値観や考え方があり、自分の常識は他人の非常識という言葉がその事を象徴する言葉の一つの様に思います。自分の考えだけで縛ってしまってはもったいない、というか相手が窒息してしまう。。!今思い返すと私自身も昔から「あなたは・・・だから」と言われるのがあまり好きではありませんで。。「なんでそう言えるんだろう?これから変わっていくかもしれないのに」と(今でもそう思う事がある)。自分自身より他人の方が色々とよく見えるというのも確かにあるけれど、可能性ってどこでどう出てくるか、どんな人と出会うかで劇的に変化する事もあるので萌芽は摘み取らずに見守っても良いんじゃないかなあと思います。「あなたは・・・だから」という言葉で思い込みを根付けちゃうときもありますもんねえ。

個が尊重される時代。確かに昔より主義主張がしやすくなったように感じます。自分も含め、窒息死してしまいそうな人達を山ほど見たのでより風通しの良い時代がやってくるのではないかと楽観視しています。

毎度のごとくぐだぐだ投稿になりましたが、どうぞ良き一日をお過ごしください。

灸をすえよとホーホケキョ

【備忘録として 2月8日~2月12日頃:黄鶯睍睆】

うぐいすが鳴き始める季節。あのホーホケキョ!という声を聞けるとなんだか「おっ」と嬉しい様な得した気分になるのは私だけでしょうか。しかしこのホーホケキョという声、雌へのアピールと縄張りの時に発するのですってね。知りませんでした。

うぐいすに似た鳥でめじろという鳥がいるようです。確かに似ているかも。。なんて事を考えていた日、買い物帰りに住宅街を歩いていたらおやおやおやおや。。?眼の周りが白い鳥がいる。。。。もしやに?めじろ???と思って写真を撮ろうと試みたのですが、ぴょんぴょんぴょんぴょん木の枝をはねて消え去ってゆき撮れず無念。。(泣)真実はどうだか分らなかったけど、似ていたなあ。

こうして何かの知識を取り入れて、それを実生活の中で発揮できる場面がくるとすごく嬉しい。ちょうど昨日ずっと地方でフィールドワークを行っている友人と話す機会に恵まれたのですが、やはり現地に行って自分の身体を通して経験してみないと本当の自分の言葉は獲得できないという深い話になりました。ほんとうにその通りだなあと思った。

2月8日は針供養の日で折れた針等を豆腐やこんにゃくに刺して納める行事があるそうです。今までずっと硬い布に針を通してきたから最後くらいは豆腐などの柔らかいものに。。という労いもあるとか。こちらのサイトを参考にさせて頂きました。

日は遡って旧暦2月2日(今年だと3月14日にあたる)は二日灸という、これからの一年の健康を願ってお灸をすえる日だったそうです。だったっていう言い方はなんだか違うのかな、とこれを書いていて思いました。今時期の冬は身体にあれこれと溜めてしまうともよく聞きますし。来たる春に向けて身体も心もデトックスに向かうと思うので細やかにケアをしてあげて良いのだと思います。

春が近付くにつれて心身ともにゆっくりと動いていく準備をしていっていると思います。また、自分の身体や身の回りの道具をメンテナンスしてあげることの重要さは今も昔も変わらないのだなあとも。

私ごとですが、昨日朝早くから制作に取り掛かっており、なんだか夢中になってきてしまってご飯が適当になってしまったんですよね。私の適当は本当に超適当です。その日の朝と昼は食パンしか食べていない。黙々と食べ続けるという。。(笑)。

確かに作業は進んだのですが(料理の時間省いたから)。。何故か楽しくなかった。何故か?それは自分の暮らしというものの手を抜いてしまったからです。制作(仕事)は大事、でもその制作をするうえで自分の生活をおざなりにしてしまうと本当に大事な事をおざなりにしてしまう。これは本当にいけないなあと思った。自分の身体と心にも、作品にも少なからずそういったものが投影されてしまう。

うまく言葉に出来ないのだけど、自分を大事にという言葉の真髄を垣間見たというか、大事に出来ない事によって自分が発する物まで大事に出来ないのだと、つまり周りの人達にとっても全くメリットがない。

この前土井義晴先生と中島岳志先生の共作「料理と利他」を読んでから色んな思いが自分を駆け巡っていて速く言葉にしたいと思っているのですがなかなかパソコンに向かえずにいました。今一度整理して投稿したいと思います。なんだか大事な気づきが日々の中に降っているのでキャッチするだけで精一杯な今日この頃です。

違った意味で灸を据えられている気分。。

寒暖差が激しいのでどうぞご自愛下さい!

【参考文献】
・くらしのこよみ 七十二の季節と旬をたのしむ歳時記 / うつくしいくらしかた研究所 / 平凡社
・こころもからだも整うしきたり十二カ月 / 井戸理恵子 / かんき出版
・暦のある暮らし 旧暦で今を楽しむ / 松村賢治 / 大和書房
・歳時習俗事典 / 宮本常一 / 八坂書房
・https://jpnculture.net/futsuka-kyu/
・https://netwadai.com/blog/post-4022
・https://gimon-sukkiri.jp/warbler-whiteeye/

どれだけ自分を楽しませてごきげんでいられるか

【備忘録として 2月3日~2月7日頃:東風解凍】

そろそろ春を知らせる風が吹いてくるころ。

”東風”は”コチ”とも読むらしく、様々な種類の東風がこの日本には吹いている様なのです。瀬戸内海地方でキタゴチとは雨をともなう冷たい風の事で春先に多い。晩春から初夏にかけて湿気を含んだ東風は頭が痛くなるものが多かったのか「コチが吹くと頭がいたい」という言葉が九州東海岸から南西諸島で聞かれるといった記述もあるようです。

【参考文献】
・くらしのこよみ 七十二の季節と旬をたのしむ歳時記 / うつくしいくらしかた研究所 / 平凡社
・こころもからだも整うしきたり十二カ月 / 井戸理恵子 / かんき出版
・暦のある暮らし 旧暦で今を楽しむ / 松村賢治 / 大和書房
・歳時習俗事典 / 宮本常一 / 八坂書房


昨今、風の時代の事が取り上げられていますが、どの様なタイプの風が吹くのでしょうか。

それにしても天気予報もなかった時代の方々は本当に自然をよく観察し、農業に役立てていたのだとこういう文献を読むたびに感動すら覚える事がある。土に近い生活をしていたり、体感・五感センサーが現代の人々とは違っていたのかなと思います。また、例えば風に名前をつけるにしてもそれはどの様に生まれどの様に共有していき人々に認知されたのかとても興味深いです。

あ、でも今の流行り言葉もそれと似たような所があるのかな。。「こういう言葉が今は若者の間で使われているんだよ」というのを聞き、自分もしらないうちに使い始めているのは良くあること。でもそれって今はインターネットやテレビ経由で全国認知されることが多いけど、そんなものがなかった時代には地域特有の言葉、即ち方言の類がその地域で生まれ、風の様に軽やかに歩きまわるメッセンジャーの様な人々がそれを他地域に伝えたりしていたのかなあと妄想していました。

話は変わるのですが、とある方がインスタで小さめのフライパンに焼きおにぎりと目玉焼きとウインナーを焼いて食べているのをみて美味しそうだったので真似してみました。フライパンは小振りのがないので皿に移したけど。。そしてウインナーも調達できなかったけど!

おにぎりって食べるとパワーでますよねえ。。そしてプレートに盛ってみるといつもとは違った雰囲気になってなんだか面白い。

あれこれ色んな事をしているうちに疲れがたまってきちゃって日々のあれこれを楽しめなくなってしまう事が往々にしてある。どれだけ自分を楽しませてごきげんでいられるかが勝負だな、なんて思った日でした。